農と食を考えること tena-jp.com

 農と食を考えることは「生活者の視点」として、今日ますます重要な意味を持っていると考える。生活する中において「食べる」ことは、大事な人間としての活動だからだ!このページでは、農と食について考える基本的な視点について述べてみたいと思う。

「農と食」へのこだわり

団地の片隅の畑に植えて育ったブロッコリー  このWebの主宰者のライフワークこだわりの一つとして、人間生活の土台をなす「農と食」に関するテーマがある。私たちは、人生をほとんど「都会」の中で過ごしてきた。図式的にいえば、いわゆる「消費者」であり、食べる側である。食べる側ではあるものの、食べる側から、その生産現場である場所や、そこで働く人たちにもっと関心を持ってよいはずである。しかし、実際には、無関心であるか、御都合主義の身勝手な消費者の発想でおこなわているケースもある。このことは、一方でそうさせてしまった自分への反省や社会に対する提起などを含んだ活動の展開が必要になる。

娘が通っていた幼稚園の田んぼの写真  このサイトでは、私たちのささやかな「農」への試みを通じて、そういった農に対して、自分自身が農の現場を体験することで感じたり、学んだことを率直に書くページにしてみたいと思っている。1996年の3月まで、神奈川県の県北の津久井町で耕作されている農家の200坪程の畑をお借りして、様々な作付けを行う実験を3年間してきた。残念ながら、畑の持ち主の事情でこの地での耕作は終止符をうった。そして、約9ヶ月、耕作浪人を続けた後、自宅から10数分の場所に、農家の「縁農」という形で畑で汗を流すことのできる場所の可能性が出てきた。しかし、これも諸処の事情で終了せざるを得なくなってしまった。

娘が通っていた幼稚園の畑の写真  しかし、耕作を続けることに意味があると考え、居住している団地の片隅に5坪の畑開墾し、耕作しはじめた。居室の棟が2001年に変わり、畑も移動することになったが、今も5坪の菜園は健在である。畑もベランダから見える距離となり、作業もしやすくなった。土と作物に関ることで、今失われつつある食への本物のこだわりの一部が見えてくる時がある。作物を育てることは、失敗の連続でもある。しかし、失敗しながらも人間として、食べることに対する意欲や意識の変化があることは事実である。

じゃがいもの収穫の写真(女満別町)  身近なところでささやかな実践は、今後も続けていきたいが、その一方でプロの農の現場に学ぶことも重要である。僕は1991年にパソコン通信を始めた。NIFTYの農と食のフォーラムを通じて、全国各地のプロの農家の友人を得た。

ここ約10年の間に北は北海道、南は沖縄まで機会ある度に、その全国各地の農家を訪ね、いろいろ学んできた。その農家の中には、プロの農業の現場をしらない僕を快く受け入れてくれて、農作業などの貴重な体験をさせてくれた方も少なくない。その貴重な体験の一部もこのコーナーでは紹介していければとも思っている。

お父さんの会の活動  1999年娘の通っていた幼稚園の親の活動として「お父さんの会」に参加した。ここでは、園児たちの生活の場として、近隣の舞岡公園で実施されている稲作体験とその近くにある畑での耕作をお父さんたちの交流の場に位置付けている。田畑の作業を通じて親父たちが仲良くなると同時に、子どもたちの成長の場として、田畑が大事だと考えているわけである。

北海道に移住して

小清水町の農地 小清水町の農地 小清水町の農地

 2004年の4月にまずは家族が、そして、2005年4月の末に僕が北海道斜里郡の小清水町に移住した。小清水町は農村である。家のまわりは見渡す限り畑が延々続いている。酪農を営んでいるところも多い。ある意味で長年求めてきた農村に住むという夢が実現した形になる。もっと若いときは、自らが農民になるといういわゆる就農も考えてきたが、この間各地の農家と接する中で、新しい農業の展開を考えた場合、やろうと思ってもなかなかできないことがたくさんある。

 その一つが農家のIT利用である。IT利用の可能性はいろいろなところに潜んでいるが、継続的・日常的な管理・運営をしてこそそのIT利用の意味が出てくる。しかし、そうはいってもなかなか正面からIT利用を農家のほうで志しても現状では困難な問題点が多々ある。そうした点を少しでもサポートしていくことが重要であると気づいた。そこでその農家支援を僕の新しい一つのビジネスとして展開してみようと思い、今実践に動きつつある。詳細は農と食のコーディネート を参照していただきたい。

 日常的な「農と食」について考えていることは、僕のブログに掲載しているので、ぜひこちらもお読みいただけたらと思う。



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